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■ 掲載記事




朝日新聞掲載(2005年1月17日号)

「私の視点」
阪神淡路大震災 「災害大国」の国づくりを

 震災後10年――「阪神・淡路大震災」の被災者として、また当時はあり得ないこととされた、しかし今は当然のこととされて来ている被災者に対する「公的援助」実現のために動き、「被災者生活再建支援法」のかたちで実現させた、市民と議員「共闘」の「市民=議員立法」の推進者として、私が今主張することは、日本を「災害大国」として受けとめ、国のあり方を変えていくことだ。その国づくりの土台として、これまでの災害関係の法律を集め、改善し、必要な法制度も新しくつくり、まとめ上げて災害憲法として「災害基本法」をかたちづくる。
 私がこう主張するのは、この10年のあいだにも災害がいくらでも起こって来ているからだ。最近にも台風、洪水、地震。これほどの「災害大国」は世界に例がない。
 今、ブッシュ政権のアメリカ合州国は、「テロ」対策を理由にして、彼らの売り物の民主主義と自由を犠牲にしてまで、軍事中心の国づくりをやりつつある。小泉政権の日本も、「テロ」対策を大義名分にして、アメリカの軍事路線に追随、海外派兵を行い、「改憲」を強行して「平和主義」国家の日本を戦争のできる国に変えようとしている。
 しかし、「テロ」はいかに軍事力を増大、強化しても防ぎようはない。日本対象の「テロ」の危険はアメリカ追随をやめれば原理的に消える。追随をやめよ。
 しかし、もうひとつ「テロ」の危険は残る。それは、台風、洪水、地震などの自然災害「テロ」だ。この自然災害テロ」頻発の日本を「災害大国」と見さだめて、市民が安心して住める国をめざして新しい国づくりにとりかかる。「災害大国」の意味は二つ。ひとつが災害頻発の意味での「大国」だが、もうひとつは事態に対応できる力をもつ「大国」―その意味だ。
 私はここで、「阪神・淡路大震災」の被災地でかつて力ずくで強行された、商店街を路地裏ともどもつぶして防災道路や防災高層建物をつくれというようなことを主張しているのではない。
 「阪神・淡路大震災」の被災地で被災者が求めたのは、声明の安全とともに住宅再建をふくめての居住、事業、雇用の確保、維持――まとめ上げて災害時の市民の生活の安定だった。「災害大国」としての国づくりの基本はまずそこにある。その法的土台として「災害基本法」がある。
 今、世界に災害が満ちている。イラク、パレスチナにおける「テロ」、戦争。そしてインド洋の大津波。そこには市民の生活の安定はない。日本の「災害大国」としての国づくりは、日本人にとってだけでなく、世界の多くの人にとっても重要なこととしてある。
 今、日本がするべきことはアメリカに追随しての自衛隊の派兵、その継続ではない。それよりは「平和主義」の「災害大国」として、応急の救援はもとより、長期的に大津波の結果として出現する膨大な「津波難民」の救済に日本は国をあげて努力する。これは彼らを日本にひきとることをふくめての努力だが、こうした「災害大国」日本の努力を世界はまさに必要としている。

災害基本法づくりの最初の市民集会を「市民=議員立法実現推進本部」が17日午後六時から、兵庫県芦屋市の山村サロン(0797・38・2585)で開く。






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