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2000年9月26日号
「E−ジャパン」と「E−インド」―IT革命は人類≠ノ何をもたらすか
わが森首相は、21世紀の日本は「日本型IT社会」になるべきだと、先日の20世紀最後の国会の所信表明演説で力説した。その「E−ジャパン」実現のため国をあげて「国民運動としてIT革命」を起こす。元来が国境がないはずの「IT革命」がどうして「日本型」になるのか、21世紀の未来の日本が、たとえば、どうして「日本型環境社会」にならないのか―といくつも疑問がわくが、彼によれば、「『日本型IT社会』の実現こそが、21世紀という時代に合った豊かな国民生活の実現と我が国の競争力の強化を実現するための鍵」だ。「人類は、そして我々日本人はIT革命という歴史的な機会と正面から取り組む決意が必要です」
「IT革命」の「先達」にインドがある。この所信表明演説のなかで、外交関係の相手国を除けばただ一国、国名をあげてその「先達」として話したのはインドだけだったから、よほど彼には感銘が深かったにちがいない。「先般の南西アジア諸国訪問の際に、インドがIT技術者の育成に取り組んでいる姿を目の当たりにしました」(引用はすべて「毎日新聞」2000・9・22による)。日本もこの「先達」に学んで、「E−ジャパン」を一刻も早くつくり上げなければならない。そのためには「IT受講券」まで三千万人がとこにばらく。いや、ばら撒きたい。
ところで、私は最近インドに行き、つい先日戻ってきたばかりだ。べつに森首相のあとを追って、「IT革命」を視察に行ったのではない。まえから予定していたので、たまたま彼と私のインド行があい前後して重なっただけのことだが、デリーの空港に夜遅く着いて、いつもながら法外な運賃をふんだくろうとして群がってくるクモスケ・タクシーとケンカの末乗った一台の運転手が「モリ、モリ」と連発するので、窓の外を見ると、くらがりにポスターの森氏の顔が浮かび上がって見えた。
最初に旅したのは40年前だから、私のインドとのつきあいは長い。友人、知己も各地にいる。彼らを訪れながら、デリーをはじめとして各地を歩いた。インドは変わったか―私は彼らに訊ね、彼らは彼らで私にきいた。小さなことはいくらでも変わったと私は答えた。みんながコカコーラを飲むようになった(何んであんなものを飲むのかね)。私の好きな炊き出しの紅茶は影をひそめて、露店でさえがティーバッグを使うようになった(紅茶会社は大いにもうかる)。たしかに「中流」の存在は大きくなり、ゆたかになった(しかし、私の友人、知己は大半が「中流」だが、たいてい車は持っていない。オンボロ・中古日本車を持っているのがただひとり)。
しかし、基本的なことは変わっていない―これは私が言うまえに、彼らの多くが異口同音に言った。まず、貧困。これはいぜんとしてインドの最大、第一の問題だ。これは言われずとも判る。街には変わらず、もの乞いと貧しい人の群れがあふれ、あまた野宿者は街路で寝る。その数は40年前にくらべて減っているのだろうか。インド経済、金融の中心ムンバイ(ボンベイ)の空港を、工事用の土管住まいを含めて難民小屋まがいの住宅のスラム街が40年前と同様、広大にひろがり取り巻く。いや、そのひろがりは以前よりかえって大きくなったとその地の友人、知己が言う。
その広大な貧困のひろがりのまえに「IT革命」を謳歌するインドの「IT企業」の派手な看板が立つ。つまり、これが「日本型」ならぬ「インド型IT社会」の現実なのだろう。立て看板を見るか、その背景の広大な貧困のひろがりを見るかで、評価はまったくちがって来るに違いない。森首相はどちらを見たのか。問題は立て看板の「IT革命」の力で背後の広大な貧困のひろがりを救い上げることができるのかどうかだ。
「第一、IT革命に参加できるインド人がどれだけの数いるのかね」。私の知人、知己の何人かが言った。インド人にはなるほど英語ができる人が多い。できるのは驚くほどできる。しかし、そうした人の数は10億の全人口2〜3%、多くて5%。しかし、もっと問題なのは、インドで文字が読める人は、識字率が上がって来たと言っても、まだ4割、全人口の6割、つまり、6億人は文字が読めないことだ。彼らにとって、「IT革命」は何を意味するのか。それは、ますます貧富の格差を増大することにしかならないのではないか。「IT革命」がもっとも効果を発揮するのは、巨大な農業国であるインドの場合、まず農業にかかわっての企業の領域ではないかと説く人もいた。「アグリ・ビジネス」は利益を大いにあげることになるが、それはそれだけインドの農業、農村を破滅に追いやる。
バンガロールへも行ってみた。言わずと知れたインドの「IT革命」の本拠地だ。森首相もいち早くバンガロールへ飛んで、郊外の「IT革命」を訪れている。私もバンガロールの友人とともに行った。巨大な窓のない未来派めいた建物が建つその「IT都市」のさまはまさに「IT革命」の象徴と見えたが、まわりは露店が並び、リキシャが人待ちをする。「ここは島だよ」。友人がうまい言い方で言った。「インドという大海に浮かぶ孤島だ」
この孤島が「E−ジャパン」ならぬ「E―インド」だとすれば、これからの「E−ジャパン」とこの孤島の「E−インド」との結びつきは、いったい何をそれぞれの国民、ひいては森首相が所信表明演説のなかで使った言い方で言えば、「人類」にもたらすのか。もたらしてくれるのか。 |
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