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2003年2月25日号
ただの「エコノミック・アニマル」でない日本を
ひと昔まえ、フランスのドゴール大統領が日本はただの「エコノミック・アニマル」の国だと言ったとか言わなかったとかで、ひと騒ぎあったことがある。しかし、今、私はその言は正しいのではないかと考えている。
NHKのニュース番組を見ていると、どうしてフランスはアメリカ合州国のブッシュ政権がもくろむイラク攻撃に強硬に反対するのかと、パリ支局長を画面に呼び出して訊ねた。支局長の答えは、「フランスはイラクに石油利権をもっているからだ」と、ただ一言でかたづけた。
これにはおどろいた。私にも、フランスがイラクに石油利権をもっていることは判っている。フランスの反対の理由のなかにもその問題はたしかにあるにちがいない。しかし、ただ、それだけの理由でないことはたしかなことだ。まちがいなく、他にいくつか理由がある。まず、この戦争はまちがっている。正義の戦争というものでは決してない。テロリストはこの戦争で撲滅されない。かえって未来に禍根を残す。「アメリカ帝国」の横暴ははてしがない。歯止めをかけないと、世界のさきゆきはたいへんなことになる。しかし、わが日本を代表する公共放送のパリ支局長はそうした理由をひとつとしてあげず、ただ石油利権の問題だけをあげた。
人間はたしかにパンなくしては生きられない。経済、金儲けも大事だ。しかし、同時にまさに「人はパンのみにて生くるにあらず」で、理想も理念ももつ。それも重要だ。国家もしかり、まともな――いや、そうあろうとする国家は経済とともに、理想、理念も国家の重要な基盤としてもつ。フランスも、私はそうしたまともな、そうあろうとする国家のひとつとして認める。しかし、わがNHKのパリ支局長氏は、どうやら、フランスを理想も理念もない、ただ石油利権だけにイカれたどうしようもない「エコノミック・アニマル」だと見ているのだろう。フランスは怒って言うにちがいない。「いやしい人間には相手のいやしい部分しか見えないものだ。そういうおまえこそ、理想も理念もないただの『エコノミック・アニマル』だ」。
シラク大統領がどういうか知らないが、反戦デモに集まった何十万人、何百万人の市民たちはもっと怒るだろう。おれが、わたしが、今デモに来ているのがフランスの石油利権のためだって? いやしいことを言うな。このただの「エコノミック・アニマル」の日本め、日本人め。
私は、手もとに最近ロンドンの市役所から私あてに送られてきた市長の声明を持っている。この「イラク攻撃に強力に反対する市長」の声明を集会で読んでくれというのだ。骨子は「イラク攻撃は世界のどこにおいても安全と平和を危機におとしいれる」「世界の主要な都市のひとつとして、ロンドンは戦争によって多くを失い、平和と国際協力と世界の安定から多くを得る」「私は公衆(パブリック)は戦争を欲していないと信じる。今やイラクに対する戦争を起こさせてはならないとする国際的な同意(コンセンサス)は強力に盛り上がりつつある。前アメリカ大統領(複数)からアラブ世界の指導者(複数)に至るまでが、イラクに対する攻撃は中東全体を破滅的に不安定にすると明瞭な警告を発している」。
こうした声明を出すロンドン市長も、アメリカの大統領(複数)もアラブ世界の指導者(複数)も戦争を欲していないとロンドン市長が信じる「公衆(パブリック)」も、そのなかに確実にいる私自身も、何かの利権にとりつかれている「エコノミック・アニマル」で、何んの理想、理念をももたないでいるというのか。
理想、理念は、すべて、イラクを一方的にぶっつぶすべき「悪」と断じて「正義の戦争」を行う自分の側にあるとするのが、今、アメリカ側、ブッシュ側の大前提だろう。その大前提に従わないものは、すべて利権がらみのよこしまな連中になる。そうみなされる。そこでは「反戦」フランスの石油利権は問題にされても、戦争実行のブッシュ氏の石油利権がらみは問題にならない。そして、今この力づくで世界大に強いられてきたこの大前提の下、理想、理念はすべてアメリカにゆだねて、ただ追従して行こうとしているのがイギリスと日本である。それはそのほうが利益になる、そう判断されるからだ。これはまさにただの「エコノミック・アニマル」的判断だが、しかし、その判断、はたして誰の判断なのか。イギリスの首相のお膝もと、彼が住民として住むロンドンでは、市長が彼とまったくちがった判断を声明として出している。日本の場合はどうか。
小泉首相は、イラクの「戦後」の復興への日本の寄与を主張する。しかし、待ってくれ。まだ戦争は始まっていない――「戦前」なのだ。今、まず、必要なことは、戦争をとめることである。日本はアメリカとともに、イラクとも友好的関係を保っている。そして、戦争否定の理想、理念として「平和憲法」をもつ国だ。すべてをアメリカ任せにしないで、どうして双方の間に立って、日本がその戦争否定の理想、理念に基づく自らの戦争回避の努力をしないのか。してはじめて日本はただの「エコノミック・アニマル」でない国になる。 |
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