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2001年10月30日号
「平和憲法」をもつ日本―丸腰であることの重要な価値―
今の日本人は戦後このかた平和な時代――ことに日本に関する限り安穏無事な時代がつづいてきた上に、「平和憲法」のおかげで日本には「自衛隊」はあっても「軍隊」をもっていないことになっていたし、戦争は戦後もかわらずくり返して起こってきていても、「自衛隊」の出動はなかったから、「戦争」も「軍隊」もすべてどこか遠い世界の出来事だった。「戦争」「軍隊」と言えば頭のなかに浮かんでくるのは「大日本帝国」=「軍国日本」が行った「侵略戦争」とその実行者の「皇軍」で、それはそれで問題にしなければならないにちがいないが、今は日本はかつての「大日本帝国」ではない、レッキとした民主主義国だ。すべては過去の問題である。今、現在の問題ではない。
まとめ上げて言って、今の日本人――もう大半が「戦後生まれ」の日本人が「戦争」や「軍隊」を今、現在の自分にじかにかかわる問題として考えてこなかった――そう事態をとらえてたいしてまちがいはないだろう。結果として、「戦争」や「軍隊」について、「軍隊」をもち、「戦争」も当然のごとくやってきた、あるいは、やることを前提としてきた世界の他の国の人間から見て、「常識外れ」のことを考えてきている気がする。
今、現在は、アメリカ合州国における「同時多発テロ」以来、「報復」の「正義の戦争」が当然のごとく行われ、是認されている時代だ。日本までが「日の丸」の下、武力的存在を示さんとして、今にわかに公然と「軍隊」とされた「自衛隊」を「後方支援」の名の下に海外へ「出動」させようとしている。そこでの「常識」に基づいての「常識外れ」だ。
新聞に「自衛隊」員の妻の投書が出ていた。主旨は、今、「後方支援」とは言え、夫は生命に危険のある場所へ「出動」されようとしている、彼の生命が心配だ――彼女の気持ちは判(わか)ったが、読んでいて、いったい彼女は「戦争」や「軍隊」のことをどう考えているのかと思った。それほど、彼女の「常識外れ」は大きかった。
戦争は、究極のところで、「敵」の人間――「敵」とこちらがみなした人間を殺し、殺すことで「敵」に勝つことだ。そのためにこそ、「軍隊」があり、小銃があり、ミサイルがあり、「核」がある。そして、それらの武器を使って人間を殺す兵士がいる、もちろん、「敵」の側もこちらの人間を殺しにかかる、おたがいさまだ。それゆえに、兵士は人間をいくら殺しても犯罪にはならない。それは、おたがい殺してもいいし、逆に殺されても仕方がないことだ。「軍隊」と「軍隊」が行う「戦争」はまさにそうしたものとしてある。これは帝国主義の侵略戦争も「自由と民主主義」を護る戦争も社会主義の戦争も、テロリストの戦争、「報復」戦争においても同じことだ。
アメリカ合州国兵隊の新兵訓練は「殺せ(チル*)、殺せ(チル)」のおたけびとともになされる。「軍隊」と「戦争」はその本質において、「殺せ(チル)」から離れることはできない。「殺せ(チル)」はそのまま「殺される」に通じる。これもまた、「軍隊」「戦争」のもうひとつの本質だ。「殺される」がいやなら、二つをまるごと否定して、「軍隊」「戦争」を根本的に否定するほかはない。
「戦争」にあっては、「前方」と「後方」の区別はつかない。私の子供のころはたしかにまだ「銃後」ということばが生きていた。しかし、そのうち、「銃後」は容赦なく空爆を受けて焼け野原になった。沖縄での「銃後」はまさに戦場そのものに化した。それは今、現在、現にアフガニスタンで行われていることだ。
「野戦病院」での「後方支援」を説く人もいる。しかし、「野戦病院」は「軍隊」と「戦争」の一部だ。その証拠に、傷兵、病兵は癒(い)えればたちまち戦場に送り出され、癒えなければ「廃兵」となって病院を出される。この昔使われた「廃兵」ということばほど、「軍隊」と「戦争」の本質を端的に示していることばはない。
「赤十字」は「軍隊」と「戦争」の論理、倫理を超えて人間の生命を救おうとしてつくり出された組織だ。かんじんなことは二つ。「赤十字」は、まず、敵味方を問わず生命を救おうとする。そして、それがまったく非武装――丸腰であること。丸腰であるからこそ、どこへでも行き、誰をも治療し、生命を救うことができる。いや、もうひとつかんじんなこと――誰からも信頼される。
「平和憲法」をもつ日本の価値はそこにあった。形骸(けいがい)化してきたとは言え、他国に比べて、日本はまだまだ丸腰の国だ。そうとられてきた。それは日本、日本人に対する信頼の気持ちを醸成する。私は世界のいろんな紛争地域で、人びとのその気持ちを感じとった。「日本人だから」で、どこへも入れた。入れてくれた。しかし、今、現在、日本はその丸腰であることの重要な価値を急速、決定的に失いつつあるようだ。パキスタンやアフガニスタンで、多くの住民が日本を「敵」とみなし始めている。 |
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